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漢方万華鏡

再開しました。道語を採集し記録する場所になっています。

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修養論②

「養生は修身により、修身は守道に在り。凡そ、人の疾病に至りて、夭横に罹る所以は、未だ嘗て此の道を失うに因らずんばあらず。」『医余』養生篇 尾台榕堂 養生の要訣は身を修めることにあり、修身の要訣は道を守る事にある。道を守るとは天地自然の理に法り、調和して生きていく道である。人が病気になり、病気によって命を失うのは、自然からかけ離れた生き方によって引き起こされる。」云々と続く。広い視点からいえば、ただ...


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修養論

「俗人は、欲をほしいままにして”礼・儀”にそむいているし、また気を養わないので天寿を保てない。 こうして理と気と2つを失うことになる。 仙術の士は気を養うことばかりで”理”を好まない。それゆえ”礼・儀”を捨てて務めない。 頑迷な儒者は”理”に偏って、”気”を養う道を知らないので天寿を保てない。 この3つは、ともに君主の行う道ではない。」 養生訓 貝原益軒  儒者は礼儀に努めて、修身の法を行う。しかし勉学には勤し...


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考えないことを残しておく

『荀子』天論篇に、すばらしい言葉がある。 「…すぐれた知者は考えないことを残しているところに真価がある。 天についての知識範囲はその現象のはっきりしたものだけに限り、 地についての知識範囲は穀類の繁殖に適するかどうかというはっきりした事だけに限り、 四季についての知識範囲は勤労に関係するはっきりした条理だけに限り、 陰陽について知識範囲は政治に役立つはっきりした調和現象だけに限って、 その他のこ...


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書物は死物である③

岡田虎二郎「書いたものは真の知識ではない。書物はいわば翻訳物に過ぎない。原書は自然界である。」「書物は古人の糟粕である。万巻の書を記憶したとて人間は出来ない。」「ここにも自分の考えが書いてあると思うた時、その語を覚えなくとも、確実に頭に入ってしまう。書は自己を読むのである。」強調文知識をつけるために書物を読むという手段がある。自己を読むために書物を読むという手段がある。前者が積み上げていく読み方と...


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書物は死物である②

二宮尊徳翁曰く 二宮翁夜話巻の2「大道というものは、例えば水の如きものである。世の中を良く潤して、世の中の活動を滞らせないようにしてくれるものである。その様に尊い大道も、これを本に書いて書物にしてしまうと、世の中の潤滑油としての役目を果たせなくなってしまうのである。それは、例えば水が氷った様なもので、元は水に違いないが、少しも潤沢でなく、水の用をしないのである。そして書物の注釈というものは、又、氷...


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書物は死物である

「書物は死物である。これを生きた人体に拠って読め」 沢田健の言葉です。古聖賢の道を辿るのに、跡がなく、道なき道を行くとしたらとても心細いものです。ですが我々には文字が、書物が残されています。尊いことです。『傷寒論』や『素問』を羅針盤として、生命の秘密に迫っていくことができます。文字の方から人体へと近づいて行く試みにほかなりません。しかし、書物自体がいかに優れてはいても、結局は死物に過ぎない。それを...

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