FC2ブログ

漢方万華鏡

再開しました。道語を採集し記録する場所になっています。

Posted by seikado

Posted by seikado

書物は死物である②



二宮尊徳翁曰く 二宮翁夜話巻の2
「大道というものは、例えば水の如きものである。世の中を良く潤して、世の中の活動を滞らせないようにしてくれるものである。その様に尊い大道も、これを本に書いて書物にしてしまうと、世の中の潤滑油としての役目を果たせなくなってしまうのである。それは、例えば水が氷った様なもので、元は水に違いないが、少しも潤沢でなく、水の用をしないのである。そして書物の注釈というものは、又、氷につららが下った様なものである。つまり氷が一部分溶けて、氷の端にぶら下がってつららとなったと同じである。

やはり水としての役割を果せないことにおいては氷もつららも、つまり書物も注釈もやはり同様なのである。この氷になってしまった経書を、世の中のために役立つようにするには、読む人の温気でその氷を溶かし、元の水にして用いなければ世の中の役には立たない。書物に書いてあることを知識として譩えていてもダメだ。それが実行出来るのでなければ意味がない。」

又曰く「大道というものが、文字、即ち書物の中にあると思って文字や語句の研究をして、それが学問だと思ったら、それはまちがいである。文字というものは道を伝えるための道具であって、道そのものではない。書物を読んでそれがわかったから、道を知ったと思うのは誤りである。道というものは、書物の中にあるのでなく、実行の中にある。」

関連記事

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。