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漢方万華鏡

再開しました。道語を採集し記録する場所になっています。

Posted by seikado

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修養論②

養生修身により、修身は守道に在り。凡そ、人の疾病に至りて、夭横に罹る所以は、未だ嘗て此の道を失うに因らずんばあらず。」『医余』養生篇 尾台榕堂

養生の要訣は身を修めることにあり、修身の要訣は道を守る事にある。道を守るとは天地自然の理に法り、調和して生きていく道である。人が病気になり、病気によって命を失うのは、自然からかけ離れた生き方によって引き起こされる。」云々と続く。


広い視点からいえば、ただ単なる養生法や礼儀作法の話をしているのではなく、ライフスタイル全般に及ぶ話をしている。

養生というと、どうも自分可愛さがあり余り、近視眼的な見方しかできなくなる傾向がある。食事に拘る人は運動を軽視する。運動に拘っても食事には疎かったりする。食事にも運動にも余念がないが、こころの問題は軽視していたり、食事にも運動にもこころにも関心はあるけど他人には興味がなく社会性がなかったり。

養生修身は別々のものではない。

養生を突き詰めていくと、健康への欲求が反って障壁となることがある。健康になりたいなら、ある程度、基礎的な知識は必要になる。だが、どこかで健康になりたいこころを忘れなくてはならない。
本質に到る道は直線的で剛直なものではなく、むしろ曲折を含み、しばしば逆説的である。

修身についていえば、世のため人のため、全体のために、自らの都合などお構いなく、身を粉にして働いているうちに、反って力が漲って元気になることがある。こういう時は天地自然と共にあるのでそうそう病むことはない。過労死するほど働いてはいけないので、養生の法についてもよく知っておくべきである。

つまりこういうことになる。
世のため人のためにいい働きができるよう、自身の健康を厳しく管理する。これはかなり道に近い。
逆に社会に背を向け、室内に閉じこもり、ネットで検索して、身体にいいものだけを食べている。こんなのは養生とはいわない。反って夭折することになる。

親が健康オタク過ぎると、どうも子供たちが反って変な病気を抱えていたりする。考えさせられる。

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