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漢方万華鏡

再開しました。道語を採集し記録する場所になっています。

Posted by seikado

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これじゃあ、治る病も治らない

「賤者病不尽治」 -卑しき者の病は治りにくい

「貧しき人々」は、医者の言葉なんて信じようともせず、同じ境遇の貧しい人たちの言葉を信じるものなのだという。そんなことを杉田玄白の弟子、大槻茂質がいっております。僕が言っているんじゃありませんからね。

はなはだしいと、この病は「神仏の祟りだ」、「物の怪のなすわざ」だとして、医療に罹る事がない。そうして治療の時期を失ってしまうという。こういうことは現代でもよくありますね。「神仏の祟り」とか「物の怪」ではリアリティがないので、「カルマ(前世の行い)」のせいにしたりするのが現代の最先端のようです。いまはスピリチュアルと名を変えているだけで、こういう話はよくあるし、むしろ好まれている。「科学万能信仰」もよろしくないが、科学的な発想まで捨ててはいけない。


「富家病不順治」
 -金持ちの病は、一筋縄にはいかない。(以下の文も、私が言っているわけではないので悪しからず)
・・・お金持ちは威勢が良く(!)、思慮が浅く(!)、疑り深い者が多い。苦労知らずで、なんでも思いどおりに育ってきたため、お金さえ払えばなんでもすぐに治ると考えている。どうして、このような病になったのか自らを省みもしない。コロコロと医者を変え、薬を変え、貴重で高価な生薬ならだれにでも効くと思い違いをする。
 「本を読めば馬にも乗れる」などと浅はかな思い違いをしているのが相場で、そういう親族の余計な口出しは、無益どころが害である。医者というのは、片手間にできるものではないのだ。こうしている間に、軽症は重症にしてしまう、という。

あ~あ。言っちゃいましたね。お金持ちに限りませんが、こういう人も確かにいるにはいます。確かにこういう人は治せません。

「尊貴病不決治」
「皇族、王族、貴族、武家といった高貴な身分にある人は、天の寵霊によって、生まれてくる身分であり、羨ましいものだ。しかし、死生は天にあるのであり、貴人であるとはいっても、逃れることはできない。病になれば、かえって不幸にして非命の死を遂げることもある。これは止むを得ないところがある。どうしてかといえば、まず、母親の胎内にいるときから、自然に反しているからである。
 (貧しい生活をする婦女たちは、日々の営みに休む間もなく働き、くよくよと悩む時間もない。それが反って、気血をよくめぐらせているため、安産が多い。これが自然の道に適うというものだが、裕福な家庭の貴婦人たちは、それに背き、腹帯がどうだこうだと、気を煩わせはしても、周りの使いの者たちがいるので、労することがない)

 出産した後も、子供を抱いて寝かしつけることも、添乳することもない。産婦の乳は吸われることがなく、乳母の乳ばかりを吸わせている。しかもお控えの乳母という者を雇っているので、雑事はみな任せてあるため、食事することひとつをとっても、反って自由にできない。

そのために”不日にあがりやすく、かくあれば引かえ引かえ参らすにより、乳も程よき養とならず”
また、ちょっとでも子供が泣こうものなら、すぐに抱きかかえ、機嫌がよければいいと思っている。(そのためにハイハイをするのも、立ち上がるのも遅くなる。)このようにして育つと、発芽した芽を地に植えないようなものであり、子供は貧弱になり、強く健やかに育つことがない。これは乳母やめのとの他の使いの者たちが常に集まり、なんのわきまえもなく無益に大事にしすぎる。

多くは男児も女児も同じように育てるのが常である。また、大人になると臣下や召使いを給う身となるので、何一つ得られないものがない。思うがままにしようとするのは、起居衣食は及ばず、臣下も召使も妻も妾も、手足の如く使うため、自分自身はまったく労働することがない。心の苦労もしらないので、万事に不自由がないため、反って様々な病因を生み出すこととなる。」

なるほど。

この『病家三不治』を書いたのは、杉田玄白の弟子、大槻茂質。

溢れんばかりの怒りが、文章に滲み出ています。治る病も治らないものにしてしまっている。治るはずの「順」証を「逆」証にしてしまう。これほどばかばかしいことはない。凡智で、聖慮を測るの愚の代表例であろう。

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